rockjuke top - ROCKJUKE#9

ジューク音楽塾#15鮎川誠ロック塾 第9章
『Talks 'bout Early 80's Recordings and 1997book DOS/V BLUES "』

2017年1月7日8PM〜
ジューク・ジョイント(福岡・舞鶴)
講義・テキスト執筆 鮎川誠

鮎川誠ロック塾 9回目 20170107
『Talks 'bout Early 80's Recordings
and 1997book DOS/V BLUES "』

INDEX/TOK

序章・はじめに 
1. To STUDENTS

第1章・追憶のDOS/Vブルース   
1. DOS/V BLUES REVISITED
2.STILL I GOT THE DOS/V BLUES
3.1997book DOS/V BLUES ' TABLE OF KONTENTS
4.Kinky Koh on DOS/V BLUES

第2章・TALKIN' BOUT MY 80's SONGS   
1. TAMACHI ALFA A-STUDIO
2.OTOWA LDK STUDIO
3.OTOWA REHEARSAL STUDIO
4.AOYAMA VICTOR STUDIO






●
【序章・はじめに 】
To STUDENTS


 塾生のみなさん、こんにちは。不定期的に続いている鮎川ロック塾を今回も受講していただきありがとう。
今回は2つのトピックスで話をすすめます。一つは『DOS/Vブルース。
鮎川誠、ITをロックの魂で自在に操った1990年代後期』そして『1980年代作品を語る、Pt.1』です。
最後までお付き合いをよろしくお願いします。

(参1 松本塾長の予告文)

お待たせしました。ジューク音楽塾 特別講義、鮎川誠ロック塾第9章参加者募集。(下記の中段以降の募集方法をよく読んでください) 『DOS/Vブルース。鮎川誠、ITをロックの魂で自在に操った1990年代後期、そして1980年代作品を語る、Pt.1の二本立て』 1980年代のシーナ&ザ・ロケッツの作品作りと、鮎川誠の1990年代後期の本気の課外活動、 コンピュータとの格闘の末『DOS/Vブルース』の執筆に至ったいきさつなどをたっぷり語ってもらいます。 『DOS/Vブルース』は同時にロックへの愛にあふれたガイダンスでもある。  写真多数あり、動画も予定。前回も大好評だったこのシリーズ、まだ参加したことのない人、今回是非参加を。 いつからでも入れて楽しめる、親しみやすく興味深い鮎川誠の世界に貴方を誘(いざな)いたい !! 場所 ジューク・ジョイント(福岡、舞鶴)Tel. 092-762-5596 料金 2500円(10代と20代は2000円)1ドリンク付き。 日時 2017年1月7日(土)19:30開場、20時講義開始 1時限目20:00~21:00 10分休憩 2時限目21:10~22:10放課後(22:10以降〜) DJパーティー&懇親会(いつも楽しい !!)懇親会は軽食やおつまみを用意しますが、 他にも食べるものの差し入れをお願いします。    参加希望の方は以下の要領で応募してください。 12月26日(月)午後7時から応募を開始し、定員に達した時点で募集は終了。(その時は松本康のフェイスブック上か、 ジューク・ジョイントのホーム・ページ上で告知)年令制限無し。40名。 毎日夜12時で集計し、確定した人から、定数を埋めて行きます。確定した人には電話かFB上のメールで返事します。 満席になった時は、その日に申し込んだ人の間だけで、抽選で決定します。  申し込み方法  1)FB上の松本康へのメッセージ(メール)で。24時間受付。 2)営業時間内(13〜19時)のジューク・レコード (092-781-4369)への電話かファックス(電話番号明記) 3)営業時間内(20〜25時)のジューク・ジョイント (092-762-5596)への電話(月、木定休)  予約が確定した参加者は当日並んでもらい、その先着順で受付をし、好きな席に着きます。 10代、20代の人は、年令を証明できるものを用意してください。


【第1章・追憶のDOS/Vブルース 】

1.DOS/V BLUES REVISITED

 DOS/Vブルースという本はバンドマンがパソコンに出会ってどう仲良くロックしたかの記録です。本を書いたのは1996年、今からちょうど20年前のことです。書いた動機というのは、俺が当時パソコンを一台買って使い始めてCD-ROMを見たり音楽を聴いたり、インターネットにやっとこさ繋いでロックの情報を得てうれしくてたまらない上に「ロケットウェブ」と名付けたシーナ&ロケッツのホームページを立ち上げ自分たちのドメイン、ROKKETS.COMを取得して、アメリカのサーバーに置いて、いつも俺の好きな時に必要な時に最新情報を発信できるようになって、コンピューターには新米の俺に出来てしまったことが楽しくてしょうがない、ページを見てもらいたい、人に言いたくてたまらない、判ってくれる人に伝えたくてたまらない、こんなイカした道具が世の中に広まりだした、そしてまた俺にとっては新しいロックの仲間に加わったすごい時代の変わり目の瞬間をもっとたくさんのロックの仲間と分かち合いたいと思ったのがはじまりです。パソでネットにつなぐと、もっとたくさんの仲間とロックの話ができるぜ、ロックを遊べるぜ、そんな思いでした。

 そんな時、友人で作家、ロック雑誌「ルーディズ・クラブ」など出版の達人、「ローリングストーンズが大好きな僕たち (八曜社)」(*シーナも登場して発言してます)という本を共著した人気作家の山川健一がマックの本も編集やっててインタビューを受けたときに、「俺はどすぶいブルースという本を書きたい」とマックの山川に告げると「そんなら僕はまっきんとっしゅハイだ」と即答してそこでMAC対DOS/V(ウィンドウズ)でペアーで本を出すのも面白い企画じゃないか、となり、山川のつてで知り合いの見城社長の幻冬舎から出版することになりました。俺は頭の中にあることを喋るのを録音して書き起こしの作業でたたき台の原稿を作りさらに必要な部分を書き足しました。

2.STILL I GOT THE DOS/V BLUES

 今読み返せば、今日日、コンピューターの世界は途方もなく遥かに進化を遂げ、パソコンの機種や性能・操作に関しては、この本に書かれてあることは当時の記録としてほほえましい対象としての内容しかないかもしれませんが、文中に当時すでに高嶺の花のMACを手に入れてJUKE RECORDSの在庫管理やパンフレットにも自在に活用していた松本康も登場しますし(参2 )また、90年代のシーナ&ロケッツの活動や発想が何気に紛れ込んでいたり、ストーンズ、ディラン、ビートルズをはじめ、敬愛するロッカーやブルースメンもたくさん登場します。多くの出会ったり交流したりの体験談も満載されているところが今読み返してもとても面白いです。20年経とうがロックはなーも変わっとらんばい、ち、いいたいところです。

 本が出来てから20年後、いま俺はパソコンと何をやってるかというとホームページに関してはまるで作り方は同じです。見よう見まねから始めたホームページですが、途中から見まねだけでは追いつかなくなりました。仕方なしに俺はあいかわらず、当時の原始的なやり方でロケットウェブを今日も更新中です。なんか、俺たちシーナ&ロケッツがブルースの基本コードを下地にしたロックンロールをやることとよく似てるかもです。ロケットウェブには自分たちのこと以外にも俺の大好きなロックを讃えるいろいろなページも増えました。試行錯誤で作ってみたページもあり迷路化しているご批判もありつつシナロケの次のライブスケジュールと過去のライブのセットリストも休まずアップしています。この、パンフレットもすぐにロケットウェブのROCKJUKEの9回目の記録として加わります。 インターネット上では20年前には夢だったYOUTUBEやFACEBOOKやTWITTERのような、ロックの好きな仲間がリアルタイムで繋がって発信しあい共有しあえる素晴らしい時代です。GOOGLE, YAHOO!、AMAZONなどの便利もとても有用です。そしていまはスマホですね。それもいいけど、ただ俺はレコード好きがJUKEBOXの前から離れないように、今日もパソコンの前に座ってロックと向き合ってます。STILL I GOT THE DOS/V BLUES。


2.STILL I GOT THE DOS/V BLUES

今日のプレイリスト -ストーンズとプリティシングスに寄せて

M-1.Rolling Stones - Just Your Fool (4-5.Data Base/CD-Rom)

ローリングストーンズが12月にオールブルース・カバーのニューアルバムを出すニュースは去年の9月ごろから流れ出した。すぐに選曲リストもわかり、キースの最新のDVDでリトル・ウォルターの「BLUE AND LONESOME」のチェス盤をかけながら「これたい!これがブルースたい!」というのも見たし、新作のイメージとしてはミックとキースがブライアン・ジョーンズと出会う前1961年、地元でのちのプリティシングスの、ディック・テイラーと一緒にやっていた、Little Boy Blue & The Blue Boysを思い浮かべ、当時どんなブルース曲をレパートリーにしていたか調べなおしたりしていた。 チャックベリーやジミーリードなどが初期の彼らのアイドル。

で、ストーンズ、アルバム「BLUE AND LONESOME」が発売され音が届いたので聴いたら、深いストロークが真っ直ぐこっちに向かってくる音圧の力強さに圧倒された。迷いのない音、確信に満ちた音、そしてブルース愛、友情、リスペクト、喜び、伝道、いろんな感情が伝わってきた。そしてロックバンドの音の向こうにミックとキースのブルースの感性に磨きをかけたブライアンの存在も同時に感じた。

M-2 Robert Lockwood Jr - Little Boy Blue

ロバート・ロックウッドはシカゴの偉大なブルースマン、ロバート・ジョンソンを引き継いだ人。ブルーボーイズのミックやディックたちは、1941年やったかそのころ発表されたこの名曲を由来に自分たちのバンド名をつけたとばかり思っていた。どーなんだろうと調べたらイギリスの童歌にもあるし。  メールが入って、あさってプリティシングスが新宿でライブをやる(え!来日も知らんかった!)がゲストで出てくれないかと連絡がきて2日とも引き受けたかったけれど翌日の沖縄便が早朝ということで初日出してもらうことになった。何という光栄、そしてこの2016年に世間を喜ばしている1961年のませくれたブルース少年たちやったミック、キース、ディックが揃ったという話、ブルースはハプニング、運命のシンクロニティ、。
プリティシングスとの共演は翌日も誘われ嬉しかったし感動だった、ディックもフィルもバンドも優しくあったかくブリティッシュ・ロックの最高の音だった。一緒に楽しい2日間を過ごしたのに、LITTLE BOY BLUE & THE BLUE BOYSのバンド名の由来を聞きそこなった。

M-3 Bo Diddley - Roadrunner

ロードランナーは鳥の名前で「走りどころ」という和名もあると、康ちゃんとも共通の友人の評論家&DJの山名昇が昔教えてくれた。歌の頭に「ビビッ」というのは鳴き声のことなんやね。プリティシングスはライブ前日にこの曲とBIG BOSS MANをやろうと、連絡をくれた。彼らにとっては初期の大切なレパートリー、いや生涯のレパートリーちゅうことですね。もちろん、本家のボーにとっても。あの四角いギターのつまみをいじって毎回へんてこな音で遊んでいたなー。俺はディック・テイラーと並んでこの曲のリフを弾く喜びちゅーたらなかったばい。そしてあのフィルのレイ・ディビスも惚れたツヤな声。も素晴らしかった。

M-4 SNOOKY PRYER - JUDGEMENT DAY

初日終わって一緒に抱き合って楽屋へ戻ったとたん、フィルが「明日も来るやろー」と言ってくれた。「イエス」ち即答した。明日はBig Boss Manの代わりにファーストアルバムの「Judgement Day」をするけんね、と言われた。当日メンバーとは別の2階の楽屋でパソからかけておさらいしていたら、ライナーノートからスヌーキー・プライヤーの曲だと初めて知った。ありゃ。昔、新宿のパークタワーブルースフェスでも来日したシカゴの重鎮ハーピストだ。「Someone To Love」「BOOGIE TWIST」。あんとき俺はロイ・ゲインズと共演したとよ。その話はいつか。で、スヌーキーのオリジナルを検索したら、俺のパソに入っていたのでWINAMPでかけて聞いていたら、偶然ディックがきて、「ホゥ、ホゥ」「ホーゥ」と入ってきて一緒に聴いた。しばらくしてディックが「ん、このハープはスヌーキーと違うね、」あと少し聞いて「これはソニーボーイ・ウィリアムソンIに違いない、ほら、このフレーズ・・・」と言うんよ。ブルーボーイズ時代、ディックはメンバーに曲を教えたり解説してたという話は実在した瞬間でした。

M-5 WILKO JOHNSON - I Really Love Your Rock'n Roll 

ロンドンセッションの時、ウィルコが「プリティシングスを聞け」と言っていた。シーナは日本に帰っても機会あるごとに「ウィルコはプリティシングスを聞け、ち言いよったもんね」と発言してた。ロンドンセッションの時、ウィルコが自宅でコンピューターから自作の曲を聴かせてもらって、バンドのノーマンやサヴァもいて、流れてきたロックが全くウィルコ・ビートで、ギターもPCも一緒やんと大笑いしてほほえましかったし、すごいと思った。おどけた素振りで俺はボタンを押すだけさ、とかいって全然えらそーにしないで。俺がパソコン始める2年ぐらい前。 ディックさんとはウィルコの話をたくさんした。ウィルコのことをとても気遣っていた。

M-6 The Beatles - Free As A Bird

さて、本日の命題「DOS/Vブルース」にちなんで選んだ一曲です。本の一部をそのまま掲載しています。
> 5-8.ウインドゥズ95 Fever
 昨年の十二月、あのお祭騒ぎの発売から一ヶ月も過ぎた頃、僕もそろそろウィンドウズ95を使ってみたいなという気になってきた。  ローリング ストーンズの「スタート・ミー・アップ」が、テレビで景気よく流れて、ウィンドウズ95が発売されたのは、十一月の二十三日。シーナの誕生日と一緒だったからよく憶えている。そしてその日は僕達の、コステロの前座でバンドの初舞台を踏んだ日、シーナ&ロケッツの誕生日でもあるから、僕にとってはダブルメモリーの日で、その日はビートルズアンソロジーの二枚組も出た日でもあったから僕にはクアトロ(?)メモリーの忘れられない日になった。

 亡くなって15年も経つジョンが歌っている「フリー・アズ・ア・バード」をよくコンピューターのCDから聴いていた。僕はビートルズを久しぶりにたっぷり聞いた。新鮮に感じたし、やっぱ桁違いに最高だ。CDには、リパプール時代、まだクォーリーメンの頃はじめて自分達のお金で作った世界にたった一枚しかないセラック盤そんなものが残っていた事が奇跡というか驚きだったが、そんな貴重な曲も収められていてその、バディ・ホリーがオリジナルの、「That'll be the Day」 をコンピューターから聞いているというのもなかなかロックンロール的だった。

●
3.DOS/V BLUES TABLE OF KONTENTS
>>
どすぶい・ブルース
Table of Kontents;目次

序章・はじめに 
To Readers

第1章・全てはここから始まった   
1.IT'S ALL STARTED HERE

第2章・ コンピューターとの出会い      
2.THE FIRST TIME I MET THE KONPUTER
  2-1.YMO & Elvis
  2-2.Meet MIDI
  2-3.Mac in Juke
  2-4.Stones on Internet
  2-5.Highway 61
  2-6.Big Brothers
  2-7.at Wilko's Home
  2-8.Bob Gruen at Chelsea Hotel

第3章・コンピューターに準備OK!!     
3.READY FOR PC
  3-1.Back in Tokyo
  3-2.Dos/V vs Mac
  3-3.Wilkommended・ウィルコの推薦

第4章・ようこそコンピューター君      
4.START ME UP
  4-1.Open the Box
  4-2.Sign up
  4-3.In to the Net
  4-4.PC Direct
  4-5.Data Base
  4-6.Addicted to Noise

第5章・PCでロックする    
5.ROCKIN' WITH MY PC
  5-1.Use it to Rock it
  5-2.Zaurus
  5-3.Downloading
  5-4.Directory
  5-5.Extentions
  5ー6.Addicted to Noise  
  5-7.Met Wellmet
  5-8.ウインドゥズ95 Fever
  5ー9InstallWin95
  5-10.Dos/V Evolution
  5-11.CakeWalk

第6章・インターネットのヒッピー達    
6.WEB HIPPIES
  6-1.The best Thing in my PC Work
  6-2.E-メイル
  6ー3.Ready for the Web
  6ー4.Too Much Blood  
 6-5.Start Makin' Home Page  
 6-6.Kreates Kontents
  6-7.launch into the Space  
 6-8.Submit 'em  
 6-9.sheena@rokkets.com
  6-10.Try You can Make it

第7章・ホームページをつくってみよう     
7, HOW TO MAKE HOMEPAGE
  7-1.The BottmLine
  7-2.Get Konnected
  7-3.Making HomePage for my Friend
  7-4.Making Directory for My Friend
  7-5.Gif Files
  7-6.HTML Editor

第8章・どすぶい・ブルースは終わらない    
8.ROCKIN' ON THE WEB
  8-1.Working with Winzip
  8-2.Guest Book
  8-3.Virtual Domain
  8-4.RealAudio Plus
  8-5.Use Search Engine
  8-6.Keep on going
 +インターネットで新曲発表!?
 +インターネットの役立ちツール
 +ロックの基本
 +Think Twice before You go.

感謝
8.ThanX

索引とリンク
Index Interactive


第一章;.全てはここから始まった 1995年。僕は去年の夏の盛りにコンピューターをやりはじた。 その直接のきっかけを作ってくれたのは その前の年の秋、自分達のライブをインターネットを使って初めて世界に発信した ローリングストーンズだった。その時は、僕はその発表を新聞で読んで、僕の大好きなロックの世界に一体何が起ころうとしているのかまったく理解出来なかった。 そして次には、ボブ・ディランがCD−Romを発表し、ウイルコジョンソンは僕にコンピューターで作った自作の曲を聞かせてくれて、これには驚かされた。 いつのまにか、コンピューターには用がねえというプリミィティブなロックの世界にまでコンピューターが入り込んできていたのだ。 これは僕にとってすごく衝撃的だった。 もともと、クリエィテイブな部分では、最初からロックとコンピューターは深い関わり合いがある事は知っていたが、 ロックを楽しむぶんには、コンピューターは不必要だと切り捨てていたし、自分とは縁がないものだとずっと思っていた。 というのもコンピューターという機械は、ロックスピリットから遠く離れたものだと感じていたからだ。 おまけに、コンピューター自体敷居が高く、僕が持っているイメージは高価でしかも扱いが難しい、とても手を出せる代物でもないと思っていた。 それが、ここ1ー2年の間に、ギターや、アンプや、レコードやCDや、ステレオ・プレーヤーや、DAT,ウォークマン、MD、8mmビデオなどの、 ロックンロール・シング(Rock’n’Roll Things)の中に、CD-Rom, インターネットがコンピューターを介した新しいメディアとして加わってきた。 バンドマンとして、ロックファンとしては、無視出来なくなってきた。 こうして実際僕の目の前で起こっているロックの出来事を見てしまった以上、黙ってみているわけにはいかない。 これはまず一台買ってこの目で確かめるしかないだろう。 「この夏始めるパソコン」というキャッチコピーがテレビのCMで流れていたけれど、やろうときめて準備に入ったのは、 僕の方が少しだけ、早かった。けれども、一台の僕のPCと出会うのには相当のリサーチが必要だった。 ロックで鍛えられたこだわりの強い分、選ぶそのプロセスからしてたっぷり楽しんでしまった。 まったく触った事もなければ、自分が使ってみたいと本気で思うなんてこと、少し前までは、思いもよらぬ事だったから、 カタログから友人のアドバイスまで出会うもの耳にする事すべてが、ハイ・エナジーで、新鮮な世界だった。 そして僕は一台のどすぶいマシーンを選んだ・・・・・・。 ● 4.Matsumoto Koh on Dos/Vブルース >>康ちゃん登場場面をどすぶいブルースから引用しました   2-3.Mac in Juke

 90年代に入ると、またまたコンピューターとニアミスが起きた。
 下北沢という僕らが住んでいる街に、どういう訳か一軒コンピューターショップがデンと出来て、店の表に目玉のコンピューターを並べて売っている。 ビルの3階まで全部コンピューターのお店で、結構安く売っているらしく、僕は二度ほど足を踏み入れてみた。
 ところが、右も左もさっぱり分からない。NECと富士通とマッキントッシュの違いも、もちろん分からない。
 同じころ、博多でJUKEレコードというお店を営んでいる20年来のロックの盟友の松本康ちゃんがマックを買ったと嬉しそうに言ってきた。
康ちゃんが最初に買ったのは、一体型のSE30というマックで、当時で八〇万円位の値段だったらしい。ちなみにその機種のスペックはというと、 5MB のメモリーに、100MBのハードディスクに、2本のソフト(ワープロとデータベース)がついていたと、後で教えてくれた。
「マコちゃん(僕のこと)、コンピューターはおもしろかよぉー」 と康ちゃんは喜々として僕にコンピューターの面白さを教えてくれる。
僕と彼は70年代の博多時代に、パワーハウスという 地元では唯一のロック喫茶で、シーナや、その時やってたバンド サンハウスの仲間と "ブルースにとりつかれて" という 毎月一回、シカゴブルースとか、テキサス・ブルースとか、戦前のデルタブルースといったテーマを決めて 輸入ブルースレコードを集めて、たっぷり聴こうというパーティを自発的、自主的にやっていた事がある。
この集まりは、毎回20ページ以上におよぶ、自分たちで書いて、ガリ版ですって、綴じて作った、エッセー、曲目解説パンフレット付きで、 一回に大体50曲程度を選曲して、前もってテープに編集して、大音量で流して、それは2年ほど続いた。
サンハウスがテイチクレコードからデビューして、またそれぞれのメンバーも時間に追われだし、専門のブルース月刊誌も現れ、ネタ探しも底を突き、 ストーンズにちなんで 19回目で止めにしたのだけれど、その時の貴重な財産となったアーティストやリストアップした曲目整理、 そしてそれから15年、ジューク・レコードというロックとブルースの専門の輸入盤ショップを経営して、 さらに彼が集めた膨大なブルースとロックの資料が、マックにかかれば、一望の元に集められ、 簡単に目的のファイルを、選り分け、探し出す事ができると、こういう訳だ。
 僕は「そうか、マックか」と、この時初めてマックを、というか、僕にも使えるかもしれない道具としてのコンピューターを意識し始めるようになった。  いよいよ自分の身近なところからも波が迫ってきた。 >>



【第2章・TALKIN' BOUT MY 80's SONGS 】

シーナ&ロケッツは78年最初の「#1」レコーディングは赤坂ミュージックスタジオ(AMS STUDIO)で行いました。シーナと奈良、川嶋の4人でエルビス・コステロの日本ツアー全6本が終了した11月30日の翌日からまず、 渋谷にあった練習スタジオADANで2日間、新曲製作とレコーディング曲を絞り、12月3日がら録音開始、3日でほぼ録音完了したように記憶しています。

1979年3月に「#1」リリース。その前にYMOと出会い誘いを受けて、79年4月アルファレコードと契約、細野さんプロデュースのもと、 すぐに新作のレコーディングに取り掛かりました。
以降、シーナ&ロケッツが80年代にレコーディングにつかったスタジオは、だいたい次の4つです。今日はそれぞれのスタジオでの思い出深い、 アウトテーク(使われなかったテイクや製作途中に持ちだした音、作曲中のデモテープなど)を何曲かかけながら話を進めます。 ただ、いまは仮想で選曲していますので当日すべて手元に集まらないかも、デス。


1. TAMACHI ALFA A-STUDIO (田町 ALFA Aスタ)
 80年代初めのレコーディングは芝浦のアルファレコードの本社ビル7階のスタジオ、みんながAスタと呼んでいたA-Studioです。

M-1.My Heart Europe JALのCMのためにYou May DreamのYumeの部分をMy Heartとシーナが歌い変えた
M-2.YES COKE YES コカコーラ用のCMのプレゼン、ほぼ即興で録音した 使われなかったのでのちに、『#9』で「YES ROCK YES」で復活
M-3.サントリーのプレゼン「スパークリング・ニューヨーク」のデモ、これはのちに高橋幸宏のソロアルバム「Murder By The Music」の「スクール・オブ・ソウト」に改作された
M-4.スタジオライブの「バットマン」と『真空パック』のバットマン
   その他、アウトテイク
M-5.RADIO JUNK の幸宏・バージョン(DEMO)
M-6.恋のムーンライトダンス」の1stレコーディングと『真空パック』ミックス


2.OTOWA LDK STUDIO (音羽 エル・ディー・ケー・スタジオ)

アルファの社長、村井邦彦さんの自宅兼プライベートスタジオが細野さんの¥EN レーベル設立にあわせてLDKスタジオとしてオープン、シーナの『いつだってビューティフル』もここでレコーディングした。
もしも康ちゃんがOKしてくれるなら「ボントンルーレ」のシーナが歌う曲のイメージをスケッチしたバージョンと、作詞の依頼を受けた松本康の仮唄、 そして完成バージョンを聴き比べたら楽しいですね。

M-7.BON TEMPS REULER、ボントンルーレ、シーナ&鮎川 HomeDEMO
M-8.BON TEMPS REULER、ボントンルーレ、松本康作詞ガイド録音、DEMO
M-9.BON TEMPS REULER、ボントンルーレ、シーナ


3.OTOWA REHEARSAL STUDIO

細野さんがエンジニアをして「YOU MAY DREAM」を含む、たくさんの曲をデモ用に録音した音羽のビルの3階にあるアルファのアーティスト専用のリハーサルスタジオ。 LDKはのちにそこの一階に出来ました。

M-10.YOU MAY DREAM -音羽デモ とレコード
M-11.試作デモ「スーパーガール」「Tokyo Windy City」「レイジー・クレイジー・ブルース」など


4.AOYAMA VICTOR STUDIO
1983年に正式にビクターレコードへ移籍、シーナ産休のあいだに『ロケットサイズ』のレコーディングにとりかかる。
エクゼクティブ・プロデューサー高垣健のもと、この千駄ヶ谷のビクタースタジオはシーナ&ロケッツの根城のようなものでした。
「New Hippies(1984)」「Main Songs (1985)」山口冨士夫が参加してくれた「GATHERED (1986)」「#9(1987)」「Dream + Revolt(1989)」 「FAMILY DANCING(1990)」など多くの作品がこのスタジオから誕生しました。

M-12「ステディ・ドライバーマン」、ロケッツ(Demo)とサンハウス(Crazy Diamond)
1984年シーナ&ロケッツ復帰第一弾『ニュー・ヒッピーズ』製作に入る

M-13 オームーン ホームデモ と作品
M-14.ノンノン人形 ホームデモと作品

TEXT BY 鮎川誠
rockjuke top - ROCKJUKE#9

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