Smashing Mag / Fumio Nunoya (布谷文夫) @ Ogikubo Rooster (7th Jun. '08)

　暖房装置の冬が終わって、冷房装置の夏が来ると...　なんて言葉でぴんと来る人は、おそらく、筆者と同じ40代から50代の方だと思うんだが、これは、はっぴいえんどの名作、『風街ろまん』に収録されている「春らんまん」という曲のフレーズ。春がすっかり短くなって、冬を抜けると一足飛びに夏になるようになってしまうという感慨は、この名作を初めて聴いた10代の頃と変わってはいない。というより、ここ10年ほどでそれがさらにひどくなったようにも思えるんだが、これも環境問題のせいかもしれない。

　もちろん、この曲には「自分には春は来ない」というダブル・ミーニングがあると思うんだが、こういう季節になると決まって思い浮かぶ名曲がある。それが、今回取材した布谷文夫の傑作アルバム、『悲しき夏バテ』に収録されている、タイトル・トラックのようなナンバー、「夏バテ」だ。

「ああぁあ、嫌ぁだ。なにもしたくない。なにも見たくない」

　と、いかにもアメリカ南部を思い起こさせる、ブルージーで切ないタッチのピアノをバックに、まるでジョー・コッカーが日本人にでも化けたかのような、腹の奥底から絞り出すようなしわがれた（つぶれた？）声のヴォーカルで始まるこの曲を幾度聞いたことか。蒸し暑い夏がそのまま声に化けてしまったような声で、それを聞いているだけで暑苦しくなるわ、のっけから「嫌だぁ～」と歌っているのに、夏が近づくとなぜかこの曲を聴きたくなってしまうのだ。

　そして、その曲が頭の中に聞こえてくると、もう1曲のフレーズが浮き上がってくる。

「千葉のねぇちゃんと、乳搾り」

　と書いても、知らない人には「なんじゃぁ、これはぁ？」ということになるんだろうが、これはそのアルバムに収録されている「深南部牛追歌」の一節。タイトル通り、アメリカのディープ・サウスを意識したカウボーイの歌で、サザン・ロックからスワンプ・ロックと呼ばれた泥臭いサウンドで迫るこれも名曲だ。といっても、舞台はアメリカではなく千葉らしいんだが、それがこの歌の面白さでもあるのだ。

　そのアルバムの主、布谷文夫がライヴをするという話を教えてくれたのは、先にレポートした韓国のフェスティヴァル、ラヴ・キャンプ2008で知り合った佐藤行衛さんだった。彼がしばらくの間だが韓国から帰国して、演奏するというので、届けてくれたのがライヴのリスト。そこで懐かしい名前をみつけることになる。それが布谷文夫だった。彼には失礼になるかもしれないが、前回彼のライヴを見たのは30余年前。高校生時代の春一番ではなかったかと思う。と、そんなところからも想像できるだろう、現在も活動していたのは全く知らなかったし、チェックもしていなかったというのが正直なところ。が、それを知ってしまうと、「見たい」という衝動を押さえることはできなかった。

　当日、会場に向かうと偶然、小屋の外で佐藤氏と布谷氏に遭遇。唯一のアルバム、『悲しき夏バテ』や、後にヒットすることになった『ナイアガラ音頭』（こちらでチェック可能）のジャケットでのイメージが頭にこびりついているんだが、初めて眼前でお目にかかった布谷氏は小柄で痩せていらっしゃる。すでに佐藤氏からは「いやぁ、あれでステージに立ったら、とんでもなくロックにシャウトですからねぇ」と聞かされてはいたものの、これで往年の声が出るのだろうかと若干心配していたというのが正直なところだ。

　ところが、ライヴが始まれば、あのままなのだ。あの身体のどこからあの声が出てくるのだ？　まるで年齢を感じさせない。ご存知の方もいらっしゃると思うが、現在、還暦を超えた61歳。実をいうと、グループ・サウンズ時代から音楽活動に入っていったロック第一世代だといってもいいだろう。60年代のブルース・クリエイションからDEWを経てソロとなっていることを考えると、すでに活動歴は40年を越えることになる。セカンド・ライン風のバックで始まった「深南部牛追歌」も、エノケン（榎本健一）をツールに石原裕次郎を経由してはっぴいえんどにたどり着く定番、「颱風13号」のカバーも、すでに彼のオリジナルだといってもいいほどワイルドな迫力で迫ってくる。久しく歌っていなかったんだろうか、出だしでちょっとつまずいた「夏バテ」も、バックのアレンジこそ、違っていても、声の張りは当時のまま。撮影しながら、自分がにたにたしているのがわかるほどに嬉しくてたまらない。ひょっとしてどこかで聞いたことがあったのかもしれないが、もう1曲歌われたはぴぃえんどのカバー、「12月の雨の日」も完全な布谷節となっている。しかも、ツェッペリンの「ハートブレイカー」まで飛び出して、けっして魅力の失せないオールド・スクール・ロックの醍醐味を十二分に味合わせてくれた。

　このライヴを体験して、ひさびさに、『悲しき夏バテ』を聴きまくっているんだが、はっぴいえんどから友部正人といった流れから、アメリカのディープ・サウスからスワンプにいたるロックを吸収しながら、独特の唱法を確率したこれが、やはりロック史上に残る傑作であることを再認識しているところだ。一時はこのアルバムがコレクターズ・アイテムとして高値で取引されていたようだが、現在は、わずか1300円で入手可能。できれば、若い人たちにもこれを聴いて欲しいと思う。

　同時に、なんとか彼のライヴを体験してもらいたいとも思うのだ。このときのバックに顔を見せていた佐藤行衛さんの情報によると7月18日に吉祥寺マンダラ2で再び布谷文夫のライヴがあるとのこと。しかも、佐藤さんも一時帰国して再びバックでギターを弾くことになったようだ。ライヴではあの名作の代表曲はもちろん、さらにルーツにさかのぼったブルース・ロックのエッセンスも十二分に感じることができる。ぜひ、チェックしていただきたいと思う。

　また、初めて訪ねることになったこの荻窪ルースターも面白い。妹尾隆一郎から永井隆といった名前をみつけたんですが、渋いミュージシャンが毎日のように演奏しているようで、チャージもそれほど高くはありません。お時間があれば、立ち寄ってみればどうでしょ。公式サイトはこちらとなっています。

- setliset ---

1st set : 深南部牛追歌 / 12月の雨の日 / 達者でナ / I've Got the Rock / 悲しき夏バテ / 台風

2nd set : ピソゲヨイン（雨の中の女）by 佐藤行衛 / 冷たい女 / Fire and Water / Be My Friend / Heartbreaker / Unchain My Heart

-- encore --

People Get Ready / Gloria